私の生活にかかせない水や氷のもつ奇妙な性質がどうして生まれるのか、そのしくみを明らかにします。
統計力学理論と計算機シミュレーションを駆使して、実験では見えない現象を調べ、実験に先がけて物質の性質を予測します。
氷はなぜ水に浮くのか、地球が温暖化しても海があまり膨張しないのはなぜか、メタンハイドレートはなぜ海底でみつかるのか。 問いが簡単だからといって、答も簡単とは限りません。
我々のグループの新しい論文が出版されました。 この論文では、液体二酸化炭素(CO2)中への水の溶解度を、水または CO2 ハイドレート(包接水和物)が共存する条件下で、理論計算を用いて研究しました。主要な焦点は、低温・高圧条件下でハイドレートが形成されることによる溶解度の低下を定量的に評価し、その温度および圧力依存性を明らかにすることにあります。この研究は、二酸化炭素回収・貯留(CCS)におけるパイプライン閉塞や腐食といった CO2 大量輸送に伴う実用的な課題に関連する熱力学的特性に貴重な情報を提供します。研究チームは、化学ポテンシャルの計算を通じて、特定の水ポテンシャルモデルの自己分極エネルギーに対する補正を導入することで、実験的に観察される溶解度曲線を高い精度で再現しています。 Tanaka, H. et al. The solubilities of water in liquid CO2 coexisting with water or hydrate. J. Chem. Phys. 163, 124504 (2025) DOI:10.1063/5.0294608
2025 年 8 月 8 日〜10 日に岡山タカシマヤで開催された、‘25 岡山化学展 「おもしろワクワク化学の世界」(日本化学会中四国支部主催・徳山科学技術財団共催)に、「見えないつぶつぶ大発見! 分子模型を作ろう!」と題し、子供たちにいろんな分子を紹介し、自分で組みたててもらうブースを出店しました。 のべ 432 人のこども達が、いろんないろやあじのもとになっている 50 種類の分子を組みたてて楽しみました。なお、一番人気は、塩化ナトリウム(塩の結晶)、次点がトリニトロトルエン(某ゲームで TNT の名で有名)でした。 ブースに来ていただいた方のために、当日のパンフ(分子カタログ)を置いておきます。夏休みの宿題の参考になれば幸いです。 かんたん ふつう たいへん からだ くすり たべもの あじ におい こうぎょう かたち きけん
さまざまな温度・圧力範囲で、氷にはこれまで 20 種類以上の結晶構造が発見されています。これは純物質としては異例に種類が多いと考えられています。そのうち、20 世紀までに発見されたものは 12 種類、残る 8 種類は 21 世紀以降であり、驚くべきことに、発見のペースが加速しています。 今年の年初に合成が報告されたプラスチック氷に続き、我々のグループが 2018 年に予測した、氷 T2 の合成に成功したとの報告がありました。 氷 T2 は、計算機シミュレーションで高圧の水を冷やすことで生じる新しい氷で、結晶構造が極めて複雑です。我々はシミュレーションの過程で偶然この構造を発見しましたが、その温度圧力条件は本来なら氷 VI や氷 VII が生じる範囲であったため、このような氷を実際に作れるかどうかは疑問でした。 今回、東京大学の小林らの研究チームは、超高圧で水を過冷却(融点よりも低温まで液体のままで冷やすこと)する新しい技術を用いることで、氷 T2 と、さらに 2 つの新しい氷を発見しました。順当にいけば、これらの氷は氷 XXI (21)、XXII (22)、XXIII (23) と呼ばれる見込みです。 シミュレーションと実験、どちらが次の氷を先に見つけるのでしょう。氷の結晶構造は、今世紀末までにいくつまで増えるのでしょう。我々の予測した、ほかの氷ももしかしたら合成されるかもしれませんね。 小林らのプレプリント(ArXiv): Hiroki Kobayashi, Kazuki Komatsu, Kenji Mochizuki, Hayate Ito, Koichi Momma, Shinichi Machida, Takanori Hattori, Kunio Hirata, Yoshiaki Kawano, Saori Maki-Yonekura, Kiyofumi Takaba, Koji Yonekura, Qianli Xue, Misaki Sato, Hiroyuki Kagi; New metastable ice phases via supercooled water; https://arxiv.
本日より、4 年生の渡辺君、岡澤さんが研究室の新たなメンバーに加わりました。共にサイエンスを楽しみましょう。
本研究室の前身である田中グループが 2008 年に予測した、プラスチック氷(柔粘性氷)が、実在することが確認されたようです。 超高圧で生じる氷 VII は非常に硬いと言われていますが、これを加熱すると、結晶が崩壊する前に、水分子が自由に回転できる、とてもやわらかい結晶(かろうじて壊れてはいない)になります。この状態をプラスチック氷(柔粘性氷)と呼びます。 本研究室では、プラスチック氷について、これまでさまざまな角度からその物性を理論的に予測してきましたが、今回その実在が確認されたことで、ほかの物性についても検証が進むと思われます。 Nature 誌記事 Rescigno, M., Toffano, A., Ranieri, U., Andriambariarijaona, L., Gaal, R., Klotz, S., … Bove, L. E. (2025). Observation of plastic ice VII by quasi-elastic neutron scattering. Nature. DOI:10.1038/s41586-025-08750-4 カラパイアでの紹介記事 最初の報告 Takii, Y., Koga, K., & Tanaka, H. (2008). A plastic phase of water from computer simulation. The Journal of chemical physics, 128(20), 204501. https://doi.org/10.1063/1.2927255 続報 Himoto, K., Matsumoto, M., & Tanaka, H.
我々のグループの新しい論文が出版されました。 我々は、対応する水和物と共存する水溶液状態におけるゲストの CH4および/または CO2の溶解度を探索する。平衡条件は、対分子間ポテンシャルを用いた統計力学的理論に基づき、ハイドレート中の水とゲスト種の化学ポテンシャルを計算することにより見積もった。これにより、二元系ハイドレートであっても、温度、圧力、ゲスト種の組成の広い範囲をカバーしながら、最小の計算コストで済む。ハイドレートの最も重要な特徴の一つである非化学量論的性質は、その相挙動やハイドレートの核生成の駆動力を評価する際に必ず考慮される。CO2ハイドレートに関する二相平衡は、水に対する CO2の溶解度が低いものの有限であることを考慮して評価される。有限な溶解度は、CO2ハイドレートの解離温度の小さな系統的な偏差をもたらすことがわかった。流体 CO2と共存する CO2の溶解度は温度とともに減少するが、ハイドレートの存在下では CH4の場合と逆の温度依存性が得られる。この方法を様々なゲスト組成の CH4-CO2二元水和物に適用した。また、平衡に関与する相の間でゲストの組成に大きな違いがあることも見いだした。 Hideki Tanaka, Masakazu Matsumoto, Takuma Yagasaki; On the phase behaviors of CH4–CO2 binary clathrate hydrates: Equilibrium with aqueous phase; J. Chem. Phys. 161, 214503 (2024). https://doi.org/10.1063/5.0244386