私の生活にかかせない水や氷のもつ奇妙な性質がどうして生まれるのか、そのしくみを明らかにします。
統計力学理論と計算機シミュレーションを駆使して、実験では見えない現象を調べ、実験に先がけて物質の性質を予測します。
氷はなぜ水に浮くのか、地球が温暖化しても海があまり膨張しないのはなぜか、メタンハイドレートはなぜ海底でみつかるのか。 問いが簡単だからといって、答も簡単とは限りません。
3 月 4 日に岡山大学大学院 環境生命自然科学研究科物質科学基礎講座(化学系)の中間発表会が開催されました。中間発表会は、修士一年が終わる時点での研究の進捗を確かめ、今後の方向性を探る機会として、ポスター発表形式で 3 時間にわたるディスカッションバトルが繰りひろげられます。本研究室からは M1 の向原君と河原君が発表しました。分野の異なる研究者や学生との質疑から、良い着想が得られたのではないかと思います。ご苦労さまでした。
2 月 28 日に岡山大学理学部化学科の卒業論文発表会が開催され、本研究室からは B4 の内藤君、佐々木君、藪林さんが発表を行いました。はじめての研究発表で緊張したと思いますが、質問(本研究室のテーマはわかりやすいので質問が多い傾向があります)にも堂々と答えていました。ご苦労さまでした。 (図は佐々木君の研究であつかったモデル氷と水素イオンの配置です)
本研究室の前身である田中グループが 2008 年に予測した、プラスチック氷(柔粘性氷)が、実在することが確認されたようです。 超高圧で生じる氷 VII は非常に硬いと言われていますが、これを加熱すると、結晶が崩壊する前に、水分子が自由に回転できる、とてもやわらかい結晶(かろうじて壊れてはいない)になります。この状態をプラスチック氷(柔粘性氷)と呼びます。 本研究室では、プラスチック氷について、これまでさまざまな角度からその物性を理論的に予測してきましたが、今回その実在が確認されたことで、ほかの物性についても検証が進むと思われます。 Nature 誌記事 Rescigno, M., Toffano, A., Ranieri, U., Andriambariarijaona, L., Gaal, R., Klotz, S., … Bove, L. E. (2025). Observation of plastic ice VII by quasi-elastic neutron scattering. Nature. DOI:10.1038/s41586-025-08750-4 カラパイアでの紹介記事 最初の報告 Takii, Y., Koga, K., & Tanaka, H. (2008). A plastic phase of water from computer simulation. The Journal of chemical physics, 128(20), 204501. https://doi.org/10.1063/1.2927255 続報 Himoto, K., Matsumoto, M., & Tanaka, H.
去る 2 月 12 日〜13 日に岡山大学大学院環境生命自然科学研究科物質科学基礎講座(化学系)に改組されてから初めての修士論文審査会が開催され、本研究室からは M2 の山田君と河野君が、それぞれ「中距離秩序による水の複数の液相の識別の」「三次元的な狭隘空間内に生じる氷」という題目で発表しました。山田君はこの研究で、水の中の分子配置を特徴付ける新しい手法を開発することに挑戦しました。また、河野君は狭い空間(立体グラフェン)に閉じ込められた水の結晶構造や融点が変化する条件を分子シミュレーションにより明らかにしました。質疑にもそつなく回答し、審査員にも良い印象を得られたのではないかと思います。ご苦労さまでした。
我々のグループの新しい論文が出版されました。 我々は、対応する水和物と共存する水溶液状態におけるゲストの CH4および/または CO2の溶解度を探索する。平衡条件は、対分子間ポテンシャルを用いた統計力学的理論に基づき、ハイドレート中の水とゲスト種の化学ポテンシャルを計算することにより見積もった。これにより、二元系ハイドレートであっても、温度、圧力、ゲスト種の組成の広い範囲をカバーしながら、最小の計算コストで済む。ハイドレートの最も重要な特徴の一つである非化学量論的性質は、その相挙動やハイドレートの核生成の駆動力を評価する際に必ず考慮される。CO2ハイドレートに関する二相平衡は、水に対する CO2の溶解度が低いものの有限であることを考慮して評価される。有限な溶解度は、CO2ハイドレートの解離温度の小さな系統的な偏差をもたらすことがわかった。流体 CO2と共存する CO2の溶解度は温度とともに減少するが、ハイドレートの存在下では CH4の場合と逆の温度依存性が得られる。この方法を様々なゲスト組成の CH4-CO2二元水和物に適用した。また、平衡に関与する相の間でゲストの組成に大きな違いがあることも見いだした。 Hideki Tanaka, Masakazu Matsumoto, Takuma Yagasaki; On the phase behaviors of CH4–CO2 binary clathrate hydrates: Equilibrium with aqueous phase; J. Chem. Phys. 161, 214503 (2024). https://doi.org/10.1063/5.0244386
我々のグループの新しい論文が出版されました。 岡山大学プレスリリース 多双晶ナノ結晶は、四面体の局所配置を優先的にとる物質ではよく見られるが、水の結晶ではまだ見られない。氷のナノ結晶は雲の微物理において極めて重要であり、結晶サイズが小さくなるにつれて、その表面は構造を決定する上でますます顕著になる。それにもかかわらず、ナノ結晶構造に関する議論は、主にバルクで観察される氷の多形、すなわち六方晶(Ih)、立方晶(Ic)、および積層無秩序(Isd)を中心に行われてきた。ここでは、分子動力学(MD)シミュレーションにより、数ナノメートルの大きさの液体の水滴から、氷の法則に反することなく十面体および二十面体のナノ結晶が形成されることを示す。mW モデルを用いて力ずくで自発結晶化を行い、TIP4P/Ice モデルを用いて熱力学的安定性を調べた。結晶化過程では、双晶境界の形成に先立ち、5 回対称性と正 20 面体対称性を示す中心が出現する。自由エネルギー計算から、二十面体は氷 Ih ナノ結晶と同等の安定性を持つことが示唆された。このような未報告の氷のナノ結晶が頻繁に出現することは、天然の多結晶雪の結晶が、隣接する枝の Ih c 軸間の角度が 70.5 度であることと一致する。さらに、フラーレン内で多双晶氷ナノ結晶の形成が促進されることを示し、実験的観測の可能性を提供する。 Zhang, X., Matsumoto, M., Zhang, Z. & Mochizuki, K. Multitwinned ice nanocrystals. ACS Nano (2024) . DOI:10.1021/acsnano.4c07226