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氷の結晶を生成する新アルゴリズム

我々のグループの新しい論文が出版されました。 氷の中に微量に溶けこんだ分子のふるまいを調べたり、新しい結晶構造を探す研究で、非常にたくさんの分子からなる氷の計算機シミュレーションの需要が高まっています。 通常の結晶とは異なり、氷の結晶のなかの水分子は向きがそろっていません。計算機シミュレーションで氷を扱う場合には、分子の向きがランダムになった結晶構造を適切に生成する必要があります。 我々は、新しい結晶構造生成アルゴリズムを考案しました。これまでの手法に比べて格段に速く、しかもその差は分子数が多い構造ほど際立ちます。原理的に、これ以上速いアルゴリズムは望めません。このアルゴリズムは、氷構造生成ソフトウェアGenIceの最新版で利用できます。 Matsumoto, Masakazu, Takuma Yagasaki, and Hideki Tanaka. 2021. “Novel Algorithm to Generate Hydrogen-Disordered Ice Structures .” Journal of Chemical Information and Modeling, https://doi.org/10.1021/acs.jcim.1c00440.

分子動力学法による氷の粒界と三叉路の研究

TIP4P/Iceモデルを用いて250Kでの多結晶氷の古典的分子動力学シミュレーションを行った。多結晶氷の構造は、過冷却水中で氷粒子を成長させることで作成した。最近開発された次数パラメータを用いて、液-液相転移シナリオの観点から局所構造を特徴付けることに成功した。その結果、氷の結晶粒界と三重接合は、ほとんどの水分子が4つの水素結合を形成し、O-O-O角が109.47°の四面体角からずれている低密度の液体水と構造的に類似していることが示された。結晶粒界の厚さは∼1nmである。本研究で計算された粒界に沿った水分子の拡散係数は5.0×10-13m2 s-1であり、実験データとよく一致している。また、トリプルジャンクションに沿った拡散は、粒界に沿った拡散よりも3.4倍速いことがわかった。シミュレーション結果を用いて多結晶氷中の水分子の拡散率の粒径依存性をモデル化したところ、ミリオーダーの粒径を持つ典型的な多結晶氷試料では、粒界と三重接合が拡散率に与える影響は無視できることがわかった。また、結晶粒界の特性は、同じ温度でも氷/蒸気界面の特性とは大きく異なることも明らかにした。 (DeepLによる機械翻訳) Takuma Yagasaki, Masakazu Matsumoto, and Hideki Tanaka, Molecular dynamics study of grain boundaries and triple junctions in ice, J. Chem. Phys. 153, 124502 (2020). https://doi.org/10.1063/5.0021635]

新しい氷の結晶構造を計算機で探す

マクロな単成分系では,温度,圧力が指定されれば,熱力学的に最も安定な相が一意に定まり,その構造は分子(の相互作用)のみに依存する.つまり,結晶構造は分子そのものにエンコードされていると言える.では,我々は分子を見ただけで,「ああ,この分子は結晶の種類が多いな」「この分子の相図は単純にちがいない」と判断できるだろうか? この質問に答えるためには,さまざまな物質で相図をくまなく描き,分子間相互作用と相図の複雑さの一般的な関係を導く必要があるが,現状ではこの問題はほとんど手つかずと言ってもさしつかえないだろう. 水に関していえば,分子はもうこれ以上ないほど単純であるにもかかわらず,これまでに実験で17種類もの結晶形が見つかっている.しかも,おそらく最も研究されてきた物質なのに,今も次々に新たな結晶形が発見されているのである. 近年の傾向として,計算機シミュレーションが実験に先立って氷の結晶構造とその物性を予測するようになったことが挙げられる.計算機を使えば,極端な熱力学条件を扱いやすいし,安定相だけでなく,競合する準安定相の安定性を見積もることもできる.2014年に合成された第16番目の氷結晶形(氷XVI)は,2001年にはその物性や安定条件が理論的に予測されていた.次に合成される結晶形も,シミュレーションですでに予測されているかもしれない. 水は分子が極めて単純なので,最もシミュレーションしやすい物質のひとつである.水分子は原子3つが共有結合でつながった小分子で,ごく単純化されたモデルを使って近似計算すれば,さまざまな熱力学的な物性を短時間で再現できる.そのため,極めて早い時期(1970年代初頭)には分子動力学シミュレーションが実施され,以来計算機の発展とともに大規模なシミュレーションが行われ,相互作用モデルも精密化されてきた. では,計算機を使えば,冒頭に書いたように,分子間相互作用の知識だけから氷の相図を描けるのか.これまでにさまざまな結晶予測手法が提案されているものの,決定打と言うべき方法はまだ見つかっていない.分子間相互作用が弱く,精密な相互作用計算が必要であること,氷の単位胞が大きく,探索すべき構造の多様性が膨大であることがこの問題を難しくしている. 我々は,はじめから新しい氷を探しだすことを狙っていたわけではなく,また,結晶構造を探索する革新的な手法を見つけたわけでもない.既知のさまざまな氷の結晶形の相転移過程(融解・凍結)を計算機シミュレーションで再現したい,という目的で計算をはじめたが,その過程で期せずして新奇な氷の形成に次々に遭遇し,結晶構造探索の奥深さと困難さを思い知ることになった.一方で,水素結合ネットワークが形作る結晶構造の面白さと可能性を知ることができた. 分子が多数集まることではじめて生じる面白い現象を,水分子を先鋒として探っていこう,そこでの発見や経験がゆくゆくはもっと複雑な分子で起こる現象,ひいては新しい物理の発見にもつながるだろう,というのが我々の研究の目指す方向である. 松本正和, 矢ケ崎琢磨, 平田雅典, 新しい氷の結晶構造を計算機で探す, 日本物理学会誌 75 (7), 410-415 https://doi.org/10.11316/butsuri.75.7_410