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長期観測データに基づく河川窒素負荷の成分分離:大気由来負荷の改善余力の推定

我々のグループの新しい論文が出版されました。 「河の水質を良くするには、下水処理を強化すべきか、大気汚染を減らすべきか?」——富栄養化が問題になる河川では、こうした優先順位の議論が欠かせません。ところが、河に流れ込む窒素のうち、どれだけが生活排水や農地から来て、どれだけが大気から降り注いだ成分なのかを正確に分けるのは、実はとても難しい問題です。過去に大気から降り積もった分まで含めると、なおさら複雑になります。 本研究では、この難問に正面からすべて答えようとするのではなく、もっと実用的な問いを立てました。「大気をきれいにしたら、河の窒素負荷はどれくらいすぐに減るのか?」という改善余力に焦点を当て、国や自治体が公開している長期の水質・大気データだけを使って、シンプルな統計モデルで推定する方法を考えました。水質が安定している時期には、全窒素(TN)と全リン(TP)がよく連動する——この性質と、大気中の NOx 濃度の数か月前の変化を組み合わせることで、大気由来と考えられる分を切り出しています。 相模川水系の桂川にこの方法を当てはめると、2021 年時点で非降雨期の水質安定時における最大改善余力は約 9% でした。大気対策にも意味はあるものの、排水や流域管理が依然として効く——という、現場の政策議論にもつながる示唆が得られます。野外調査を新たに行わなくても、すでにあるデータから環境問題の「どこを押さえると効くか」を素早く見積もれる、そんなアプローチです。統計と環境データに興味がある方には、身近な題材かもしれません。 北岡 勇樹, 松本 正和, 2026. 長期観測データに基づく河川窒素負荷の成分分離:大気由来負荷の改善余力の推定. 水環境学会誌 49, 89–98. DOI:10.2965/jswe.49.89

水不純物を含む液体CO2の相挙動:CO2ハイドレートの影響

我々のグループの新しい論文が出版されました。 カーボンニュートラルを実現するには、工場や発電所で捕集した CO2 を液体のままパイプラインで運ぶ方法が有力視されています。しかし、CO2 中にわずかな水が混じっているだけで、パイプの中で氷のような固体——CO2 ハイドレート——が生じ、流れを詰まらせるおそれがあります。輸送条件(温度・圧力)をどう選べば、この「詰まり」を避けられるのか。実験だけでは条件の組み合わせを網羅しきれないため、理論から答えを出す必要があります。 本研究では、液体 CO2 と水(または CO2 ハイドレート)が共存する系において、水と CO2 の化学ポテンシャルを理論計算で求め、液体 CO2 中にどれだけの水が溶け込むかを評価しました。液体水と共存する液体 CO2 中の水溶解度は、CO2 の臨界点近傍を除く広い範囲で温度を下げるほど減少します。さらにハイドレートが形成されると、この減少は一層進みます。温度や圧力を下げたときにハイドレートが生じやすくなる条件と、そのとき析出する水量も見積もり、パイプライン設計に直結するフローアシュアランス(流れの安全確保)への示唆を得ました。 統計力学と分子間相互作用の知識を使って、エネルギー資源や環境工学の現場課題に答えを出す——そんな理論化学の仕事の一例です。水和物や CO2 輸送に興味がある方には、身近な題材かもしれません。 H. Tanaka, M. Matsumoto, T. Yagasaki, M. Takeuchi, Y. Mori, and T. Kono, “Phase behaviour of liquid CO2 with an impurity of water: Influence of CO2 hydrate,” Phys. Chem. Chem. Phys., 28, 15002 - 15014 (2026). DOI:10.1039/d6cp01072e 音声解説

混合ガスハイドレートの結晶構造選択則

我々のグループの新しい論文が出版されました。 メタンや CO2 などのガス分子が水のケージに閉じ込められてできるガスハイドレート——いわば「ガス入りの氷」——は、エネルギー資源としての利用やパイプラインの詰まり防止など、実用面でも重要な物質です。ところが、2 種類以上のガスが混ざっているとき、どの結晶構造が生じるかは一筋縄ではいきません。同じ組成でも、構造によって性質が大きく変わるため、「どの構造が選ばれるか」を予測できると、実験の前に方針を立てやすくなります。 本研究では、混合ガスハイドレートの結晶構造選択則を、拡張 van der Waals–Platteeuw(vdWP)理論を用いて整理しました。まず、分子配置から機械的に不安定な空ケージ構造をあらかじめ除外する経験則(VOP)を提案し、候補を絞り込みます。次に、ゲスト分子の種類と混合比がどの構造を安定化させるかを考察し、微量の第二成分を加えるだけで相転移を起こし、新しい安定相や準安定相を探索できることを示しました。 美しい結晶構造を持つ物質としての側面と、エネルギー・環境工学への応用——その両方を見据えた理論化学の仕事です。水和物や結晶構造予測に興味がある方には、身近な題材かもしれません。 河原亘佑(本研究室OB, 2025年度修士修了), 松本正和, 田中秀樹, 2026. 混合ガスハイドレートの結晶構造選択則. 低温科学 84, 155–164. DOI:10.14943/lowtemsci.84.155 音声解説

クラスレート水和物の熱力学的安定性に関する統計力学的理論と計算機的研究

我々のグループの新しい論文が出版されました。 クラスレート水和物は、水ケージに閉じ込められたゲスト分子によって形成される非化学量論的な包摂化合物であり、エネルギー資源や CO2 回収・貯留において極めて重要である。本展望(Perspective)では、統計力学と分子シミュレーション、および分子間相互作用モデルを用いて、熱力学的安定性、構造多形、および動的プロセスの 3 つの主要領域で達成された相乗的な進展を概説する。van der Waals と Platteeuw の理論に端を発する安定性の理論的推定は、定圧条件、多重占有、およびホスト・ゲスト結合を考慮した修正によって大幅に改善され、多相共存の正確な予測が可能になった。また、新しい戦略を用いて、新規な水和物や氷の構造が合成されている。Frank-Kasper HS-I 相は小さなガス分子では不安定であるが、アルキルアンモニウム塩を用いたセミクラスレート水和物として実現された。さらに、ガス水和物の脱ガスなど、メタ安定な氷を形成するためのいくつかの戦略についても議論する。動的な側面については、分子力学シミュレーションを用いて調査されている。解離のキネティクスは、ゲスト濃度や気泡形成に大きく影響されることが示された。分子力学シミュレーションは、2 種類の低濃度水和物抑制剤についても貴重な知見を提供している。 Takuma Yagasaki, Masakazu Matsumoto, Hideki Tanaka; Statistical mechanical theory and computational study on thermodynamic stability of clathrate hydrates. J. Chem. Phys. 14 January 2026; 164 (2): 020901. DOI:10.1063/5.0309340